五七五は守られていない
俳句とは、五・七・五の十七音の定型詩であり、季語を含む――教科書的にはそう説明される。ところが、現代俳句の実作の現場では、この定義はすでに絶対条件ではない。無季俳句、字余り、さらに全面的な自由律まで、定型から離れた作品が文芸誌の誌面に並ぶ。
この拡張を主導してきたのが現代俳句協会である。同協会の機関誌『現代俳句』には、定型を離れた試みが常に一定の比重で掲載されてきた。一方で、対抗的な組織として俳人協会が「有季定型」を守る立場を明確にしている。二つの組織の並立そのものが、戦後俳壇の構造を映している。
金子兜太と前衛の系譜
現代俳句の拡張を象徴する存在が、長く現代俳句協会の会長を務めた金子兜太(かねこ・とうた、一九一九―二〇一八)である。金子は戦中の南洋戦線体験を俳句の出発点に据え、戦後は前衛俳句運動を牽引した。社会性、身体性、暴力性――俳句が花鳥諷詠にとどまらず、戦争や労働の現実を扱う表現形式になりうることを示した。
金子以前にも、大正期の荻原井泉水、尾崎放哉、種田山頭火らが自由律の系譜を築いていた。彼らは雑誌『層雲』を拠点に、定型と季語の二重の拘束から離れた詩形を試みた。金子の前衛俳句は、この先行実践の上に、戦後の社会意識を接合した仕事として理解される。
生態と政治の俳句――二〇〇〇年代以降
二〇〇〇年代以降、現代俳句協会の若手・中堅の作品には、生態学的なテーマ――気候変動、生物多様性の減少――を正面から扱う作品が増えた。夏石番矢(なついし・ばんや)ら世界俳句協会に関わる作家は、国境や言語を越えた俳句の流通を意識しながら作品を書いてきた。七十二候を知ると一週間の見え方が変わるで扱うように、季節感そのものが気候変動で崩れつつあるなかで、季語の意味もまた静かに揺れている。
英語俳句が捉えそこねるもの
英語圏で広く書かれる haiku は、多くの場合、五‐七‐五の音節数を守る。しかし英語の音節は日本語の「拍(モーラ)」より情報量が多いため、結果として日本語俳句よりずっと長い詩になる。さらに決定的なのは、英語 haiku がほとんど季語を持たない点である。どの季節を想起させるかを指示する共通の語彙がないため、一句のなかで季節は読者の推測に委ねられる。
これは翻訳の不可能性というより、haiku というジャンルが、英語圏で別の詩形に進化したという話である。
一方で――古典派の立場
俳人協会および保守派の俳誌からは、無季・自由律を「俳句ではない」と位置づける議論が繰り返されてきた。季語と定型は拘束ではなく、俳句を俳句たらしめる骨格であり、これを外した作品は現代詩や短詩として別ジャンルで評価されるべきだという立場である。この主張は、保守というより、俳句というジャンルの境界を明確に引きたいという要求として一貫している。
境界はどこにあるか
五七五と季語を「守る」か「超える」かという二者択一は、実作の現場では静かに溶けている。多くの作者は、定型で書く日もあれば、自由律で書く日もある。現代俳句は、ジャンルの内部で複数の時代を同時に生きている文芸である。その広がりを「俳句」と呼ぶか、別の名前で呼ぶかは、最終的には読者が決めることになる。