五日ごとの季節
一年は春夏秋冬の四つでは足りない、と古代の暦学は考えた。二十四節気――立春、雨水、啓蟄……といった季節区分がまず生まれ、その一つずつをさらに三等分したのが七十二候である。一候は約五日。冬から春へ、あるいは夏から秋へという移り変わりを、五日単位で記述する。
起源は古代中国の暦学だが、日本で一般に参照される本朝七十二候は、江戸時代前期の天文学者渋川春海(しぶかわ・はるみ)が貞享暦(一六八四年)を編纂した際に、日本の気候と動植物相に合わせて改訂したものである。
暦と気候のずれ
国立天文台暦計算室が公表する暦要項には、その年の七十二候の日付が毎年記載される。しかし、実際の気候との一致度は、近年急速に下がってきている。
気象庁が公表する全国の気候平年値と、七十二候の想定する季節推移を突き合わせると、たとえば東京の桜の開花日は過去数十年で着実に早まっており、蝉の初鳴きや木枯らしの観測日も従来の候と外れてきている。これは都市熱だけでなく、全国的な気温上昇の影響でもある。現代俳句が季語の再検討を迫られている状況と、同じ圧力のもとにある。
書籍とアプリによる復興
七十二候はいったん近代の新暦導入とともに日常から退いたが、二〇一〇年代以降、再び可視化が進んでいる。白井明大『日本の七十二候を楽しむ』(二〇一二年)はロングセラーとなり、類書も各社から刊行された。スマートフォンのアプリ「72 Seasons」は、その日の候を英語と日本語の両方で表示するプロジェクトとして公開されている。
こうした復興は、生活の美学的装飾という側面と、気候変動の時代に「季節」を意識的に観測する実践という側面を併せ持つ。
一方で――農本主義の化石か
七十二候の復権に対しては、冷めた見方もある。これは本来、農事暦であり、前近代の農村社会の時間感覚に基づいた言語だった。都市に住み、室内の温度管理のなかで生活する二一世紀の読者にとって、七十二候は情緒的な消費の対象でしかない、という批判である。暦への憧れは、じつは気候変動から目を逸らすための装飾になりうる。
観測の言語として
それでも、七十二候が提供するのは五日ごとの観測の言語である。「東風が凍りを解く」「雁が北へ帰る」――これらは予言ではなく、過去の観測の記録である。気候が動いている時代にこそ、五日ごとの詳細な語彙で現在を記述する言語は、別の使い道を開く。暦は、過去のデータと現在の観測を重ね合わせるための、長い時系列の物差しでもある。
- 国立天文台 暦計算室
- 気象庁 (JMA)
- 白井明大『日本の七十二候を楽しむ』(東邦出版, 2012)